3月26日(土)「ひら怪」第2回会合レポ

3月26日(土)「ひら怪」第2回会合には、9名のお化け好きが集まりました。
見学に来てくださった方や、遠路飛行機で(TT)駆け付けてくださった方もいて、嬉しい限りです。
今回のチラシに使用した、M氏のタイトル文字とMさんのイラストが、お化け好きを呼んでくれたのでしょう!

『番町(播州)皿屋敷』『牡丹燈籠』と並んで日本三大怪談といわれる『東海道四谷怪談』。
怪談に興味のない人でも、知らない人はいないだろう有名なお話です。
我が会も「ひらかた怪談サークル」というからには、キホン的な部分は押さえておきたいと思います。

★『東海道四谷怪談』とは
鶴屋南北が書いた歌舞伎の戯曲。『仮名手本忠臣蔵』外伝という設定になっています。
文政8年(1825年)、江戸の中村座で初演されました。
   
『仮名手本忠臣蔵』自体は二代目竹田出雲・三好松洛・並木千柳の合作。赤穂事件を題材としたもので、寛延元年(1748年)8月、大坂竹本座にて初演されました。
当時赤穂事件は庶民の関心の的で、浄瑠璃や歌舞伎の題材として様々な小屋で演じられました。
しかし事件は武家のお家騒動であり、赤穂浪士を忠義のヒーロー扱いしてしまうと、「ご公儀批判」と取られかねません。そこで戯作者たちは、舞台を南北朝の時代に移し、「これは『太平記』をテーマにした演目ですよ~」という体裁でやることにしたのです。(近松門左衛門は1710年に浄瑠璃『碁盤太平記』をこのスタイルで書いています)
浅野内匠守は塩冶判官、吉良上野介は高師直に仮託され、大石内蔵助は大星由良助という名で登場します。
でも誰が見ても「蔵」は大石内蔵助のこと。これは忠臣・「蔵」の話ですよ、タイトルが示しています。
今(江戸時代)の話ではありませんよー、足利将軍の時代の話ですよーと謳ってはいても、出てくる地名はモロ江戸のそれ。役者の名前が織り込まれていたり、「浅き匠の塩冶殿」などとセリフに出てくるなど、遊びがいっぱい。『銀魂』が、江戸時代の設定なのにロケットやバズーカが出てきて舞台は今の歌舞伎町やんというのと同じ。観客は「オイオイ」と突っ込みつつも笑ったり泣いたりして、この芝居を楽しんだのでしょう。『忠臣蔵』は大人気のロングランとなりました。

宝暦以降、歌舞伎は一番目に「時代物」(軍記物や王代物)、二番目に「世話物」(庶民の生活に材をとったもの)をするという形式が一般的になっていました。そこで『忠臣蔵』の後に演じる世話物として、南北は『四谷怪談』を書いたのです。

『四谷怪談』は『忠臣蔵』の外伝で、岩の父・四谷左門も、夫である民谷伊右衛門もともに元塩冶家(赤穂事件での浅野家側)の家臣です。仕えていた家がお取り潰しになったために、伊右衛門は浪人に、左門は物乞いになっています。そして伊右衛門を娘婿にしようとする伊藤喜兵衛は高家(赤穂事件での吉良側)の家老。つまり伊右衛門は、元の主の敵である側に寝返るのです。最後に伊右衛門を討つ佐藤与茂七(岩の妹の夫)は、塩冶家の家臣。
『忠臣蔵』と続けて演じると、塩冶義士・佐藤与茂七が伊右衛門を討ったあとに高邸の討ち入りに参加することになります。
『忠臣蔵』と『四谷怪談』がワンセットで上演されたのはどうやら初回だけで、以降は『四谷怪談』だけが単独で上演されています。その場合、与茂七らの登場シーンは省略されたり書替えられたりすることが多く、ことに大坂で上演されるようになると、次第に『忠臣蔵』色が薄れてきます。大坂の商人は武家の血生臭い話を好まなかったのかもしれませんね。

★日本最恐の怪談エンターテイメント作品
あらすじは長いので省略。wikiを見るのもいいですが、怪談好きの皆様はぜひ一度本で読んでみてください。
原本にチャレンジするのも素晴らしいですが、そんなんムリ!という方には『現代語訳 日本の古典20 歌舞伎・浄瑠璃集』(河出書房新社)がオススメです。100ページです。大丈夫です。読み物としてめちゃくちゃ面白いので、あっという間です。
赤穂事件はもちろんのこと、有名な「戸板返し」も実際にあった事件を元に脚色したもの。
また橋の袂に流れ着いた子どもの遺体を実見した鶴屋南北は、その様子を仔細にメモしていたんだとか。
そうした実話を巧みに物語に取り入れ、あの手この手で観客を震え上がらそうとした南北の知恵と工夫が、この一大怪談エンターテイメント作品を生んだのです。南北、すごい。ビバ、南北。
恐怖を煽る仕掛けも、作中にこと細かに書かれています。
薄暗がりの中、盥の中から女の白い手が伸び、男の足を捉える、腕を掴む。袖(岩の妹)が水の入った盥から洗濯物を引き上げると、最初は水だったのが「自然に」血汐に変わり滴る。長兵衛の頭上へ岩の幽霊が逆さに降りてきて、手ぬぐいで長兵衛を縊り殺し、その死骸を天井へ引き上げる。そしてうじゃうじゃ出てくる鼠、飛び交う鬼火……。
江戸時代の芝居小屋で、どうやってこれを?!と思う創意工夫の数々。裏方の職人たちが、威信にかけて実現させたのでしょう。
岩の死や、嫁入りの夜の伊右衛門狂乱の場面など、知っているにも関わらずとんでもなく怖い。この尋常でない南北のサービス精神を、ぜひ本で味わってみてください。二百年近く、日本の最恐怪談であり続ける理由がわかります。

★お岩のモデル
『四谷雑談』(1727年)、『於岩稲荷由来書上』(1827年)などに登場する岩は、夫伊右衛門の裏切りを知り、狂乱の末に失踪します。その後関係者が次々と非業の死を遂げたり、不幸が続いて家が断絶したりします。
 
一方、於岩稲荷田宮神社(四谷左門町)の社伝では、岩と婿養子の伊右衛門は仲のよい夫婦で、岩は家計を支える良妻です。現在の当主は田宮家の末裔とのこと。
田宮家、絶えていませんね。伊右衛門の血筋は絶えたけど、外戚などの繋がりから家自体は続いているのだという話です(『新・トンデモ超常現象 56の真相』太田出版)。

田宮神社の向かいにあるのが於岩稲荷陽運寺、こちらは昭和初期に創建されたお寺さん。
中央区新川にも於岩稲荷田宮神社があります。

お岩の「お墓」が巣鴨の妙行寺にありますが、お岩の失踪と時代が合わないらしく、代の違う「田宮伊右衛門」の妻の墓かも知れないとのこと。

お岩さん、やはり一筋縄ではいきません。謎多き女です。

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ここでTさんより「『忠臣蔵』は武家の事情を描き、『四谷怪談』は裏事情を描いたもので、二本で裏表の構成になっている。特に伊右衛門は堕落した武士の象徴」という鋭いご意見が出ました。ナルホド~、確かに!こうして怪談をテーマに意見のやりとりができるのって、楽しいですね!!

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これで「『四谷怪談』豆知識」は終わり、続いて前回(第1回)でお願いしていました「私の怪談トピックス」をご披露いただきました。これはこの1か月で「怪談」的なものを何か見つけて、次回会合で教えてください、みんなでシェアしましょう!とお願いしていたもの。

早速Mさんから「市内某所で、自由に貸し借りできる図書スペースを発見!」と報告がありました。また第1回会合にお越しくださった光原百合さんの『18の夏』(第55回日本推理作家協会賞短編部門受賞作)を読み「泣きました;;」とのこと。そうですよね、人間ここまで優しくなれるものなのかと、何とも切なくなります。光原さんの怪談『扉守-潮ノ道の旅人』(文春文庫)もオススメです!

続いてNさんが、某所で聞いた怪談実話を披露。これが呼び水となり、出るわ出るわ、人から聞いた話やご自身の体験談が次々と。Uさんから郷土色溢れる話が出ると、「沖縄の怪談とか、面白いやんな」という声が上がり、Kさんから「小原猛さんの『琉球怪談』(ボーダーインク)が面白い」とご紹介が。M氏からもしみじみとする怪異体験談が語られ……時間も延長しての思わぬ怪談会になりました。

前回「メンバーが語る怪談会をやろう!」という提案がありましたが、これならいけそう! 具体的に話を詰めて、6月後半の土曜日に「発表会」という形でやろうということに。最初だし、入場料は500円で。
その後諸事情あって日程は6月18日に決定。会場を確保でき次第、改めてご報告します!

そして三輪から、4月17日(日)怪談社主催の怪談会『サクラノシタ』と、5月14日(土)の「くらわんか怪談会」のお知らせをして閉会。「ふるさと怪談in尾道」とは重ならないんですよね、と確認のお声が上がりました。おっ、行くつもりですな、尾道。もちろん重なりませんよ、私も行くつもりですから!

では、次回は4月24日13時から、枚方市立楠葉生涯学習市民センター第4集会室です。
最寄り駅は樟葉(くずは)駅になりますのでお間違えのなきよう。
桜が咲き始めたのに、寒い日が続いています。それまでみなさま、風邪をひかないようご自愛ください!

(三輪筆)
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